MOMW 物語

  • 文献蒐集に生涯を賭けたフォックスウェル①

    ハーバート・フォックスウェルという人物がいます。ケンブリッジ大学、ユニヴァーシティ・カレッジ、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスで教鞭を取った経済学者です。生まれは1849年。経済学に革新をもたらしたジェボンズ(1835年生まれ)やマーシャル(1842年生まれ)より10歳前後若く、20世紀を代表する経済学者ケインズ(1883年生まれ)より二回り年上です。エコノミック・ジャーナル誌の創刊やイギリス経済学会(後の王立経済学会)の創設に関わり、1929年から1931年まで学会の会長を務めたイギリス経済学界の重鎮でした。(フォックスウェルの2つ違いの弟エドワードは、東京帝国大学の経済学教授として教鞭を取ったお雇い外国人です)

    フォックスウェルは経済学の研究ではほとんど業績を残していないようです。その代りに生涯を賭けたのは、経済学文献の蒐集です。フォックスウェルがなぜ経済学文献の蒐集を思い立ったのか、詳しいことは分かりませんが、親友で文献に詳しいジェボンズとの交流の中から、文献蒐集への興味が芽生えてきたようです。経済学の文献を蒐集しようと決意し、一冊目を購入したのが1875年、フォックスウェル26歳の時です。以来、講義の合間や休日にケンブリッジの古書店に足を運び、自分のポケットマネーで文献を購入する生活が始まります。

    25年ほど経過し、約3万点の個人コレクションが形成された頃、フォックスウェルはコレクションを販売することを決意します。これに真っ先に反応したのはアメリカ人だったようです。新興工業国としての経済力をバックに、アメリカ人は当時、古書市場で大きな存在感を持っていたようです。また、大学の蔵書が充分でなかったため、先進国イギリスから良書を輸入したいというニーズもあったと思われます。この辺りの事情は、経済力を背景に大量の洋書を輸入した20世紀後半の日本の姿と重なります。

  • 文献蒐集に生涯を賭けたフォックスウェル②

    すでに有名だったフォックスウェルのコレクションが海外に流出されるのを危惧したイギリス経済学会評議会は、1901年6月25日のタイムズ紙で、コレクションがイギリス国内に止まるよう有志による購入を呼び掛け、また同日の社説もこの問題を取り上げ、「フォックスウェルの比類ないコレクションがアダム・スミスやリカードを生んだ国から外国人の手で持ち運び去られることがあって良いだろうか」と、側面援護します。

    幸いなことに、イギリス国内からこの呼び掛けに応えた会社が現れました。中世のギルドに起源をもつゴールドスミス・カンパニーです。タイムズ紙によれば、1万ポンドでコレクションを購入したゴールドスミス・カンパニーは、2年後の1903年、コレクションをロンドン大学に寄贈します。ロンドン大学が所蔵することになったフォックスウェルのコレクションは、購入者の名前を冠してゴールドスミス文庫と呼ばれるようになりました。

    コレクションを売却したことで経済的な余裕が得られたフォックスウェルは、次の蒐集を始めます。フォックスウェルの蒐集熱は衰えることなく、その死まで続きます。こうして形成された第二のコレクションは、規模では第一コレクションを上回る3万数千点に上りますが、フォックスウェルの没後、アメリカのハーバード大学に寄贈されます。この時は、最初のコレクションの時のような、海外への流出を阻止しようとの動きは起こらなかったようです。ハーバード大学に寄贈されたコレクションは、資金提供者の名前を冠してクレス文庫と呼ばれるようになりました。

    MOMWの礎をなすゴールドスミスとクレスの両文庫は、フォックスウェルのライフワークが結実したものです。

  • ゴールドスミス、クレスと並び称されるセリグマン・コレクション

    社会科学の文献に関心がある人なら、セリグマンという名前を一度でも聞いたことがあるでしょう。セリグマンの百科事典として知られる社会科学事典(Encyclopedia of the Social Sciences)を編纂した人です。1930年代に刊行されたこの事典は、当時最先端の社会科学の知を広く世に知らしめたばかりでなく、その後の社会科学事典の編纂にも大きな影響を与えました。

    エドウィン・セリグマン(1861-1939)は租税学や経済学史で大きな業績を残した経済学者です。コロンビア大学に在籍し、長く教鞭を取りました。アメリカ経済学会の創設に関わり、学会の会長も務めています。研究者、教育者だけでなく、政府の税制改革にも関わった実務の人でもありました。セリグマンは、大恐慌以前のアメリカを代表する経済学者です。

    セリグマンは経済学文献の蒐集にも情熱を注ぎました。銀行の創業者である父親の残した遺産が文献蒐集の資金源だったと言われています。セリグマンが蒐集した文献は3万数千点に上ります。経済学者ケインズは、セリグマン・コレクションをゴールドスミス文庫、クレス文庫と並べ、経済学の三大コレクションに数えています。

    MOMW-2 はセリグマン・コレクションに含まれる文献の中で、ゴールドスミス文庫とクレス文庫がカバーしていない19世紀の後半から20世紀の初頭の時代の文献を核としています。