岸田真先生にエコノミスト誌についてお話を伺いました

 

 

エコノミスト紙は 日本経済史の研究者にも有用です

実施日:2015年1月13日 
ゲスト:岸田真先生
機関:日本大学 
協力:極東書店 
トピック: Economist Historical Archive
Financial Times Historical Archive

 

 

今日は、日本大学経済学部の岸田真先生にThe Economist Historical Archiveについてインタビューさせていただきます。まず、このインタビューの主旨について簡単にご説明します。小社Galeは英『タイムズ』『サンデー・タイムズ』『タイムズ・リテラリー・サプルメント』『リスナー』『フィナンシャル・タイムズ』など、イギリスの新聞、雑誌のデータベースを多数ご提供しています。これらの新聞・雑誌は、専門の研究者以外には内容についてほとんど知られていません。そのような詳しくない人(図書館員や学生の方々)が読んでも面白いと思える読み物を提供し、それを糸口にしてデータベースに興味を持っていただくこと-これがインタビューの主旨です。その点をお含みおきいただき、できるだけ平易にお話いただければ幸いです。今回は英『エコノミスト』紙がテーマですが、様々な角度からお話しいただき、多くの人がこのインタビューを読み、『エコノミスト』紙の素晴らしさを理解する機会になればと思います。それでは、『エコノミスト』紙に入る前に、先生の研究をご紹介いただけますか。

戦前・戦後の日本の経済政策史、金融史が専門です。特に、戦前の日本政府がロンドンやニューヨークで行なっていた外債発行の歴史を研究しており、それに関連して日本の国際金融や経済政策を取り上げてきました。最近では、第二次世界大戦後、日本が国際経済に復帰するにあたり、戦前に日本が発行し、戦時中にデフォルトした外債をどのように処理したのかについての論文(「日本のIMF加盟と戦前期外債処理問題 —— ニューヨーク外債会議と日米・日英関係」伊藤正直・浅井良夫編『戦後IMF史:創生と変容』名古屋大学出版会、2014年、所収)を書きました。


戦前という場合、どこまでさかのぼるのですか。

私の研究では20世紀初頭になります。『エコノミスト』紙との関連で言うと、2012年に発表した論文(「日露戦後期の財政・金融政策と英国市場における日本の対外信用」『経済集志』81-4)では日露戦後の時期を扱っています。日本が国際金融市場に出てゆくのは、日清戦争以後、金本位制に移行し(1897)、日英同盟を締結した(1902)頃で、これ以後、日本は国際金融市場との関わりを深めてゆきます。今日のインタビューではこの論文が中心的な話題となります。

 

これまでの研究の中で、『エコノミスト』紙をどのようにお使いになってきましたか。

 

 

価格情報など、エコノミスト紙の数量的な情報が論文執筆に役立ちました

 

大学院生の頃にはデータベースはありませんでしたので、慶應義塾大学図書館で『エコノミスト』紙の原本をコピーしました。そのときは、ロンドン市場の外貨債の新規発行額と金利・利回りを調べていたのですが、『エコノミスト』の”Stock Exchange News”の欄から情報を集めました。また、ロンドン証券取引所の相場表には”Foreign Government”という欄があり、日本が発行した外貨債の市場価格が銘柄ごとに掲載されています。こういう価格情報を時系列で集め、値動きを調べることで、利回りを計算したり、コンソル債というイギリス国債の利回りと比較し、当時の日本のリスクプレミアムを割出したりしています。また、これらの価格は当時、日本が新しい外債を発行するときの価格のベンチマークになっていました。外債交渉を研究する場合、交渉の背景となる当時の市場の状況を知る必要がありますが、それを知るには『エコノミスト』紙の数量的な情報と記事が役に立ちました。先ほど述べた2012年の論文はもう少し記事の内容に踏み込んだもので、当時のロンドン市場が日露戦後の日本の経済政策、財政政策をどう見ていたのかについての記事を拾い、市場での価格変動と『エコノミスト』紙の論評を対比しながら論じました。この論文を書くに際しては、データベースをフルに使いました。

岸田先生が大学院生のとき論文執筆用に用いたエコノミスト原本のコピー

 

 

今、統計データのことに触れられました。一般的に、新聞というと、それを使って数量的な統計データを調べるというイメージがないのですが、論文でお使いになった『エコノミスト』紙の統計データは『エコノミスト』紙以外からは入手できるのでしょうか。

 

エコノミスト紙の統計データは、他紙に比べ使い勝手がよい


もちろん、『エコノミスト』紙以外からも入手することはできます。たとえば、『フィナンシャル・タイムズ(FT)』にも日次のデータは掲載されていますが、私のように日次のデータまでは必要でなく、週単位のデータがあれば良いという場合、『エコノミスト』紙の方が日刊紙よりも使い勝手がよいのです。それに加えて、『フィナンシャル・タイムズ』など日刊紙は個々の記事が短く、出来事の発生を時系列にたどる場合は日刊紙の方が便利ですが、出来事の報道だけでなく、それを掘り下げた論評、市況についてのコメントまで知りたいとなると、週刊であるが故に情報量が多い『エコノミスト』紙の方が期待に応えてくれます。


市況データを長期的に提供するイギリスの新聞は研究資料として使い勝手がよい


この時代の政府の統計はどのように入手できるのでしょうか。

イギリスでも日本でも統計年報的なものは日々出ていましたので、貿易収支や財政収支などのオフィシャルな統計は『エコノミスト』紙を参照しなくても入手できます。市況データについては、私が論文を書いたときにやったように、当時の新聞からデータを拾って使うというのが一般的なやり方です。日本の明治や大正時代の株価を当時の新聞から集めるのは、データの連続性や正確性の問題があり容易ではありませんが、それと比べると、イギリスの新聞は研究資料として使い勝手が良いと思います。


先生は、特にどの時代の『エコノミスト』紙の記事をお使いになっているのでしょうか。
大学院生のときの研究で使ったのは1920年代の記事です。関東大震災の後、日本政府はふたたびロンドン市場で新しい外国債を発行しましたが、その当時の市況を調べるために、主に価格情報など数字を中心に使いました。最近の論文では、もう少し遡り、日露戦争から第一次世界大戦の頃までの記事について、数字だけではなく論評も取り上げました。


日本駐在特派員による分析記事は日本に対する見方が分かり、大変興味深い


特に印象に残っている個別の記事はありますか。
個別の記事というと難しいですが、『エコノミスト』紙は日本を含め世界各地に特派員を派遣し、現地駐在特派員や専門記者による分析記事や論評を多数掲載していました。これらを読むと、当時の『エコノミスト』が日本をどう見ていたかが分かり、大変面白いです。私が論文の中で引用したのもその種の論評です。

 



エコノミスト紙は、現地駐在記者ならではの情報に基づく記事を早い時期から掲載した。左は日本の金融の現状に関する1907年11月の特派員記事、右は中国の鉄道に関する1908年1月の特派員記事。

 

いろいろな記事を参照された中で、『エコノミスト』の記事が引用するに相応しいと判断されたわけですね。


エコノミスト紙の論評は、金本位制下の財政とリスクプレミアムの変動に関する標準的理論と整合的なものでした

 

そうですね。この論文について少し話をすると、日露戦後、日本はイギリスで多額の国債を発行します。その結果、国債を購入したイギリスの投資家にとって、日本国債の価格が維持できるかということが重要なニュースになる時代が来たということです。データベースを検索しても分かりますが、日露戦後から第一次大戦までの時期、日本に関する『エコノミスト』紙の記事数は、前の時代に比べ格段に増えます。日本の財政、政局などが詳細に分析されていて、政府予算が発表されると、1ページぐらいを使ってそれを論評する記事が出ることもありました。実際、20世紀初頭の国際金融市場において流通していた国債発行残高の中で日本国債は相当規模のウエートを占めていたため、日本に対する国際金融業界の関心が高まったのも当然です。興味深かったのは、日本が軍事予算を拡大し、増大する財政支出をカバーするために国債発行額を増やすと、警鐘を鳴らす記事が掲載され、逆に、緊縮政策に転換し、財政支出を抑制し、国債発行額を減らす姿勢を見せると評価するというスタンスを『エコノミスト』紙が取っていたということです。実際、市況の価格を見ても、『エコノミスト』紙の対日評価の流れと価格の変動が見事に連動していることが分かります。当時は国際金本位制の時代で、金本位制の下では財政均衡がオーソドックスな政策ですから、理論的には財政均衡から逸脱すると、リスクプレミアムが上昇し、財政均衡に近づくと、下降するという流れになりますが、これが『エコノミスト』の論評から裏付けられました。その意味では、『エコノミスト』紙の論評は仮説とも整合的である、ということができます。論文タイトルに「英国市場における日本の対外信用」という表現を入れましたが、日本の財政・金融政策に対するイギリス市場の評価を『エコノミスト』紙に代弁させたというわけです。


日本経済史の研究者にとってもエコノミスト紙は使い勝手が大きい


大変興味深いですね。日露戦後の日本の対外信用を評価する上での『エコノミスト』紙が大きな資料的価値を持っていることが、今のお話でよく分かりました。
私の専門は日本経済史ということもあり、『エコノミスト』紙に出てくる日本関係の記事を拾うだけなので、限定的な利用法かも知れませんが、逆に言えば、日本経済史の研究者にとっても『エコノミスト』紙は使い勝手が大きいと言えるのではないでしょうか。イギリス経済史、金融史の研究者であれば、研究に関連する記事はもっと多くなり、利用範囲も広くなるはずです。


そうですね、日本経済史の研究において『エコノミスト』紙がこれだけ史料として使えるというのは、本当に驚きました。先ほど、『エコノミスト』紙と『FT』を比較された際に、『エコノミスト』紙は週刊であるが故に、日々の記事の報道に加え、分析記事や論評をも掲載したという話をされましたが、それとの関わりで言うと、『エコノミスト』紙は通常の記事の他に、分析力のある特集記事で定評があります。日本に関する特集記事では、日本の経済大国化を予想した1960年代の記事があります。『エコノミスト』紙の特集記事で印象に残っている記事があれば教えてください。
私が参照する時期の『エコノミスト』紙は、おそらく現在と紙面構成も異なるでしょうから、何をもって特集記事というか、難しいところがあり、この時期について印象に残っている特集的な記事というのは取り上げにくいです。ただし、先ほども言いましたが日本に関するかなり詳細な分析記事が掲載されているのは確かです。データベースで1910年の日本に関する記事を検索してみましょうか。当時の日本の緊縮的な財政政策により、日本に対する信用が回復していると論評している記事です。これだけでも2ページぐらいの分量です。このぐらいの分量になると、『エコノミスト』紙の見解が明確に出てきます。


”The Rise in Foreign Bonds”(1910年5月14日)

 

経済史の研究者から見て、歴史資料としての『エコノミスト』紙の魅力、他の新聞・雑誌では代替できない価値はどこにありますか。


当時のオーソドックスな経済認識を伝えてくれる媒体としては、エコノミスト紙が最も信頼できます

 

ご存じの通り、19世紀から20世紀前半までの時代は、イギリスが世界経済の中心に位置していました。私自身はこの時代の国際金融市場の動向を研究対象としているため、この時代の市場関係者がどのような市況の情報を得ていたのか、ということに関心があります。市場関係者は『エコノミスト』紙を読んでいたでしょうから、『エコノミスト』紙の情報には彼らが知りたい情報が網羅されているわけです。また、当時の関係者の経済政策に対するオーソドックスな考え方が典型的に現れているのが『エコノミスト』紙であるという言い方もできます。論評記事を参照することで、この時代の経済認識を知ることができるというメリットもあります。この時代のイギリスにおけるこれらの情報を提供してくれる媒体としては、『エコノミスト』紙が最も信頼できるというのは間違いないでしょう。


当時のイギリスの経済政策についての考え方というのは、支配的な考え方ということですか。
支配的な考え方というよりも、『エコノミスト』紙を読んでいたと思われる市場関係者が前提としている考え方ということです。20世紀初頭は古典派的な金本位制の時代であり、レッセ・フェール(自由放任)的な考え方が『エコノミスト』紙の主張の中にも強く出ていると思われます。余談になりますが、イギリスではその後、ケインズの経済学が出てきて、政府が経済へ介入するという経済政策の大きな転換がなされます。戦後イギリスは、福祉国家の考え方のもとで手厚い社会保障を政府が提供し、サッチャー以後は逆に政府の社会保障支出を切り捨てる新自由主義政策へと転換します。20世紀のイギリスの経済政策の流れを見ていると、経済学の潮流自体を象徴しているようなところがあります。そのような中で、『エコノミスト』紙がどのような立ち位置にいたのかという視点から『エコノミスト』紙を見てみるのは、興味深い試みになるのではないかと思います。

学生・大学院生が『エコノミスト』紙を読むのを指導される場合、そのようなアドバイスをなさいますか。

 


エコノミスト紙のデータベースは記事の周辺情報まで閲覧できる設計になっていて、教育的配慮が行き届いています

 

『エコノミスト』紙に限ったことではありませんが、データベースでは一つのキーワードで検索するだけで、検索結果がすぐ出てきます。私の論文も、そのようにして検索した記事を読み込みながら作成しました。データベースが登場する以前は、記事のピックアップだけでも大変な時間と労力を必要としましたので、記事全体を全文検索できるということは、もの凄い大きなイノヴェーションです。ただし、これは学生にも言っていますが、キーワードを入力することですぐヒットする記事が見つかってしまうので、逆にそれしか見なくなるというデメリットがあります。データベースが登場する前は、欲しい記事や情報に辿り着くまでに、周辺の情報も得ることができました。情報を特定しやすくなったということは、周辺情報を見なくなってしまうということでもあります。学生には、データベースで便利になったが、同時に周辺も洗いなさいという指導をしています。新聞でもそうです。特定の記事がみつかり、その記事だけ見るのではなく、紙面全体も参照するように指導しています。その意味では、センゲージ・ラーニングの『エコノミスト』紙のデータベースはよくできていて、記事表示画面には、その記事だけでなく、ページ全体や同じ号全体を閲覧できる機能が付与されており、特定した情報だけでなく、その周辺まで閲覧できるような設計になっています。同じ日の記事全体のなかで特定の記事がどのように位置づけられているのか、つまり記事の相対的位置付けに利用者が注意を払うことができるようにデータベースが設計されていることは、教育的にも好ましいと思います。

 

周辺情報も洗いなさいというアドバイスは、教育において確かに重要だと思います。一つの記事が新聞の中でどのようなウエートを占めているのかということは、その記事を見ているだけではわからず、ページ全体あるいは号全体の中に置いてみることで初めて理解できます。ですから、このデータベースの記事表示画面で、ページ全体や号全体を閲覧できるということは、教育面だけでなく研究面でも重要なことではないかと思います。
そうですね。たとえば、図書館は同じジャンルの本が集まっているように機能的に設計されているので、書架まで行けば、探している本だけでなく、関連する種々の本が見つかるはずです。これと同じことが新聞の記事レベルでも言えるのではないでしょうか。

 

授業で『エコノミスト』紙を使うなど、教育資料としての『エコノミスト』紙の可能性については、どのようにお考えですか。
外国書購読の授業で、時事問題を取り上げるときに、特定の記事を選んで、学生に読ませるというのが、おそらく最もオーソドックスな教育面での利用法として考えられます。ただ、学生が読んで使いこなすというのは容易ではありません。実際、『エコノミスト』紙の英語は難しいです。文法的にも現在のアメリカ英語のような平易さはなく、高い知識レベルが求められます。特に20世紀初頭のイギリス英語はそうです。
データベースのヒット件数から当時のイギリスの関心の推移が読み取れたのは発見でした。

『エコノミスト』紙のデータベースをお使いになって、何か発見はありましたか。
検索画面で”Japan”という検索語を入力し、年号で絞り込んだ上で検索して、どの年にヒット件数が多いか、調べてみました。結果は、今回の論文が対象にしている1905年から1915年にかけての時代が相対的にも多いことが分かりました。それが第一次大戦後になると、日本に関する記事は減少し、詳しい論評も減っていきます。なぜかというと、イギリスの金融市場における日本の位置付けが変わったからだろうと考えられます。イギリスの戦後復興、植民地との関係、国際収支と金本位制への復帰といったイギリスが抱える諸問題が第一次大戦後に浮上し、これら国内的な問題の方に関心が移行し、日本など個別の外国の問題は後景に退いたということです。単純にデータベースのヒット件数を見るだけでも、当時のイギリス市場の関心の推移が読み取れるということが分かったのは、発見でした。


小社では、『エコノミスト』紙などの新聞は各々単独のプラットフォームで提供していますが、同時に、他のアーカイブ系データベースと横断検索できるプラットフォームでも提供しています。Gale Primary Sourcesというプラットフォームです。このプラットフォームには、単独のプラットフォームにはない機能が備わっています。その一つが、”Term Frequency”という特定の語をフルテキスト検索したときのヒット件数を時系列でグラフ化する機能です。これを使うと、今おっしゃったような、”Japan”という語で検索した場合、どの時代が多いのかという情報が、即座に視覚的に得られます。
すでにそのような機能があるとは知りませんでした。私が今言ったことは、まさしくその”Frequency”の考え方です。さらに、この機能を使えば、どの時代に注目すればよいのか、示唆が得られるという利点もあるのではないでしょうか。

 

なるほど、確かにそうですね。ところで、先生の論文のような、『エコノミスト』紙のデータベースを使った研究がどのくらいなされているのでしょうか。研究論文や研究報告でこの種のデータベースが引用されているのを眼にされることはありますか。


市況データを長く掲載してきたイギリスの新聞は、計量分析と親和性があると言えます


データベースに限定しなければ、『エコノミスト』紙を引用している研究は、山ほどあります。データベースを使っている研究者もいます。『エコノミスト』紙ではなく、『FT』ですが、戦間期のイギリスとアメリカの為替相場と金利差がヘッジされているかどうか、データベースを作成して計量的に分析した研究もあります。『エコノミスト』紙や『FT』から離れますが、最近の経済史研究では、時系列の数量データを取って、価格変動を計量分析する研究が増えてきています。さきほど話したように、イギリスの新聞は昔から市況データを掲載してきましたので、こうした計量分析とも親和性があると言えるのではないでしょうか。


先ほどGale Primary Sourcesという小社の横断検索プラットフォームをご紹介しました。そこでは、18世紀から20世紀にかけての書籍、新聞、雑誌、政府文書、日記、書簡、写真、地図など様々な種類の資料が搭載され、これらを串刺しで検索することができます。このようなことが実現できるのは、研究者にとってどのような意味がありますか。


問題発見的なツールであるという点に、横断検索プラットフォームのメリットがあります


大変興味深いですね。研究者がデータベースから検索するときは、前もってある程度調べたい事項が固まっていて、それに関連する情報がないかどうかという視点から探します。それに対して、このように複数のプラットフォームが横断検索されるようになると、特定のテーマで検索したところ、こんな資料が出てきた、というような発見が出てくると思います。そこから新しいアプローチが展開するきっかけにもなります。問題発見的なツールであるという点に、横断検索プラットフォームのメリットがあるということができるのではないでしょうか。


先ほど、Gale Primary Sourcesの”Term Frequency”という機能をご紹介しましたが、もう一つ、”Topic Finder”という機能もあります。これは、検索結果の最初の部分に出てくる言語を解析して、頻度の高い語を円グラフで示すという機能です。検索語を入力するケースを考えますと、専門家の方は様々な検索語を思い出すことができますが、すべての人がそういうわけではありません。また、専門家の方でも専門領域を外れると、検索語も少なくなると思います。この機能は、いうならば、データベースがキーワードを教えてくれる機能です。それは、先生が今おっしゃった問題発見的な利用ということでもあります。まだ、機能としては極めて初歩的で、グレードアップが必要ですが。
面白いですね。”Topic Finder”と”Term Frequency”を組み合わせるというのはどうでしょう。それが実現すれば、キーワードの相関図を時系列に見ることができて、面白いのではないかと思います。

 

なるほど、それは面白そうですね。様々な資料がある中で、先生は新聞をどこに位置づけているのでしょうか。資料の中には、新聞の他に、書籍、雑誌、議会資料や政府資料のような公文書、私文書があります。これらの資料の中で、先生にとって資料としての新聞はどのくらいのプライオリティを持っているのでしょうか。


当事者の記録が残っていない場合、新聞記事を傍証として使うことができます


私の場合、一番核になるのは公文書です。ロンドンやワシントンの公文書館に所蔵されている政策文書、もう少し具体的に言えば国際金融に関する政府間の交渉経過を記録した文書が中心となります。今回の論文は、交渉史とは異なるアプローチで、エコノミスト紙を見ながらアイディアが浮かび、書きました。一般的に言えば、新聞の記事は論文の中で傍証として使うこともあれば、論拠の中心的な資料として使う場合もあります。政府間の交渉経過を見てゆく上では、当事者同時の記録が残っているのが、研究者にとっては最も望ましいことです。しかし、そのような記録が残っていない時もあります。その場合は、消息筋が記者に漏らした情報が記事になっていれば、直接的な論証にはならないが、傍証として使うことはできます。


今日はいろいろお話しを伺いしましたが、やはり興味深かったのは、エコノミスト紙が歴史的な統計情報の宝庫であり、これらの統計情報が研究者によってよく使われているということと、日本経済史の研究者にとっても研究資料として使い勝手が大きいという2点です。
そうですね。私が強調できるのは、その2点です。


今後の研究でも、エコノミスト紙をお使いになることは考えられますか。


エコノミストやFTは当時の投資家の行動を知るための最適な資料


あり得ます。市場のデータ分析をする場合でも、得られたデータの裏付けを取り、意味づけるのが、われわれ経済史家の仕事です。そのような作業をする際に必要になってくるのが、何が報じられていたのか、ということです。20世紀初頭に日本の国債を購入していたイギリスの投資家が日本の情報を得ていた媒体と言えば、おそらくエコノミスト紙やFTくらいしかなかったでしょう。その意味では、エコノミスト紙やFTは当時の投資家の行動を知るための最適な資料の一つですし、市場の価格形成にも一定の影響を及ぼしていたと考えられます。統計データを分析する研究アプローチを進める上では、市況データだけでなく、論評や分析記事で報じられていたことも踏まえて、検討していく必要があると思います。ですから、この種のデータベースが切り開いてくれる研究面での可能性は大きいと思います。


実は、エコノミスト紙のインタビューは岸田先生が初めてです。ですから、今日は楽しみにしていました。
今日は日本経済史研究の立場からエコノミスト紙の利用法をご紹介しましたが、イギリス経済史の研究者であれば、利用法も異なってくるでしょうし、引出しの数も多いでしょう。今日の話のポイントは、日本経済史研究におけるエコノミスト紙の利用可能性を示した、と捉えていただければと思います。


了解しました。日本経済史研究に限定して、ということですが、それでも、大変有益なお話で勉強になりました。これから販促する際のセールストークにもそのまま使えるような話題も提供していただけたと思います。今日は、どうもありがとうございました。

 

※このインタビューを行なうに際して、極東書店様のご協力をいただきました。ここに記して感謝いたします。

ゲストのプロフィール

岸田真先生 (きしだ・まこと)

最終学歴:

慶應義塾大学大学院経済学研究科後期博士課程単位取得退学

現在(2021年)日本大学経済学部 准教授

主な書籍:

  • 岸田真「日本のIMF加盟と戦前期外債処理問題 —— ニューヨーク外債会議と日米・日英関係」伊藤正直・浅井良夫編『戦後IMF史:創生と変容』名古屋大学出版会,2014年。
  • 浜野潔・井奥成彦・中村宗悦・岸田真・永江雅和・牛島利明『日本経済史1600―2000 −歴史に読む現代』慶應義塾大学出版会、2009年。第4章「第一次世界大戦から昭和恐慌期まで」(pp.151-200)を執筆。

主な論文:

  • 「日露戦後期の財政・金融政策と英国市場における日本の対外信用」『経済集志』(日本大学経済学部)第81巻4号,2012年1月。
  • 「書評:伊藤正直著『戦後日本の対外金融』」『金融経済』第31号,2010年10月
  • 「昭和金融恐慌後のアメリカの対日経済認識と日米経済関係――1927年10月,モルガン商会ラモントの訪日を通じて――」『三田学会雑誌』(慶應義塾経済学会)第96巻3号,2003年10月。
  • 「1920年代日本の正貨収支の数量的検討――『在外正貨』再考――」『三田学会雑誌』(慶應義塾経済学会)第96巻1号,2003年4月。
  • 「東京市外債発行交渉と憲政会内閣期の金本位復帰政策,1924~1927年」『社会経済史学』第68巻4号,2002年11月。
  • 「南満州鉄道外債交渉と日本の対外金融政策,1927~1928年」『社会経済史学』第65巻5号,2000年1月。