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福田名津子様と鈴木宏子様にGALE収録の資料についてお話を伺いました

 

 一橋大学附属図書館

数百年にわたる言葉の時間 旅行が体験できます

実施日:2014年9月1日 
ゲスト:福田名津子様・鈴木宏子様 
機 関:一橋大学附属図書館 
トピック:
Eighteenth Century Collections Online
The Making of the Modern World


 

小社のデータベース、The Making of  the Modern World (MOMW) とEighteenth  Century Collections Online (ECCO) が 大学図書館コンソーシアム連合(JUSTICE) コンソーシアムで採択されたことにより、 利用者の数は飛躍的に多くなったと思いま す。それに伴い、これらのデータベースを 使った論文が増えてくると思われますが、最近、MOMWとECCOをフルに活用して論文 を書きあげられた一橋大学附属図書館専門助手の福田名津子様にデータベースをお使いになった感想やデータベースが今後の研究に与える影響といったテーマでお尋ねしたいと思います。また、学術情報課長の鈴木宏子様には、電子情報の時代における図書館の役割についてお尋ねしたいと思います。それでは、まず福田様にお尋ねします。これまでのご研究と、今回「アダム・ファーガスンの商業的アート概念:The Making of the Modern Worldを用いて」という論文をお書きになった経緯について教えてください。

 

言葉の定義に疑問を持ったのが論文執筆の動機

 

福田様私は2005年に『アダム・ファーガスンの文明社会のヴィジョン』という博士論文を執筆しました。その際の結論は、ファーガスンの文明社会のヴィジョンとは、アンビションに促された個人が様々なアートを実践することで、自己実現と社会の進歩を同時に達成する社会というものでした。ここでいうアンビションとは日本語の野心とはやや距離があり、「より良いものを求める欲望」と定義されています。分かりやすく翻訳するなら、向上心といったところです。 ファーガスンの用法では、商業的アートや政治的アートのほか、学問的アートもありますし、市民的アート、金儲けのアート、機械的アート、ファイン・アート、リベラル・アーツと非常に広範です。原文中のアートはすべて複数形です。これらを読み解いていくことが、最近の私の研究です。 商業的アートと政治的アートに着目した理由は、ファーガスンが文明社会の特徴をこのふたつに見ているためです。今回の論文で商業的アートに焦点を当てたのは、その定義に違和感を覚えたためでした。ファーガスンは商業的アートを「生活に要するモノの獲得」全般に関すると定義しており、商業や貿易のアートという狭義では捉えていません。こういった定義は当時一般的であったのか、ファーガスン独自のものなのか、調べてみたかったのです。

かなり前から論文の着想をお持ちになっていらっしゃったということですね。

福田様アートに対する関心は博士論文を執筆した頃からありましたが、データベースを使って網羅的に調べようという発想は当時ありませんでしたし、所属していた大学でも導入されておらず物理的にも不可能でした。

 

データベースの登場で語彙の定量的研究が社会科学で注目される可能性も

 

この論文は伝統的には、書誌学の分野の研究ですが、書誌学が書籍を単位とするのに対して、この論文では特定の語彙(「商業的アート」)が対象になっています。その意味では、書誌学というよりは語彙の定量的研究と言えると思います。データベースの登場でこういう研究が増えると予想されますが、日本及び世界におけるこの種の定量的研究の現状をお分かりになる範囲内で教えてください。

福田様私の専攻は社会思想史といい、出身は経済学部です。語彙の定量的研究は、おそらくもっと人文学寄りの分野でより注目されているように思います。 思想史研究では昔から、「この単語がこの本に何回出てくる」という言及の仕方はありましたが、それはフルテキスト・データベースのない時代の話で、目視して数えたものです。これは大変な作業ですから、たとえば100冊以上を網羅的に調査することは困難です。ひとりではまず無理です。そのうえ目視によるため、エラーの確率も危惧されます。単純で膨大・正確な作業はコンピュータの得意分野のため、コンピュータはフルテキスト検索に向いています。 OCR(Optical Character Recognition)の精度も上がっていると思いますし、デジタル・ヒューマニティーズという分野では、手書きの文字を自動認識するシステム(Handwritten Text Recognition)も開発されています。言葉あるいは言語に対する貪欲さは、人文系の人たちには敵わないというのが実感です。しかしその貪欲さの成果は、社会科学分野にも影響を与えると思います。

 

先日、8月下旬に、国際功利主義学会が横浜国立大学で開催された際、出版社として参加しました。その時、あるセッションで今おっしゃった手書き文字を自動認識するシステムが紹介されていました。

福田様“Transcribe Bentham” のことですね。後日、東京大学と一橋大学でワークショップがあり、私も出席しました。やはりアルファベットは数が少ないので、開発速度が速いのだろうと思いました。近くに現れる頻度の高い単語どうしをコンピュータに学習させて認識の精度を上げるなど、とても興味深いものでした。

 

思想史の分野ではデータベースの登場以前に、目視で数えていたのですか。

福田様それに特化したわけではありませんが、スミスの『国富論』にはこの単語が何回出てきて、というような議論はありました。研究者が実際に本を読んでメモを取るわけですから、数に誤りが出ていた可能性はあります。

 

語彙の出現総数までデータベースがカウントしてくれればとても便利

 

論文でも言及されていますが、データベースの検索結果では資料の件数が出るだけで、資料の中に語彙が登場する回数は、先生が実際にやられたように、数えるしかありません。資料の件数だけでなく、語彙の登場回数も結果として表示すると便利だと思われますか。

福田様便利だと思います。私の今回の論文では、2段階の精粗で語彙研究を行っています。 詳細なレベルでは、文脈を判断するため実際にひとつずつPDFファイルを開いて文章を読んでいます。この場合、自分で登場回数を数えることは難しくありません。 もう一方の粗いレベルは、ヒット件数を数えるだけの目的です。個々のPDFファイルを開いて確認することはしません。その場合はやはり、資料の中で何回登場するかというデータも欲しいです。現状で機械が数えてくれるのはヒット件数だけなので、1冊に1回しか出てこないケースも、1冊に30回出てくるケースも区別なく、同じく1の扱いです。これは研究者の良心として心苦しいところがあります。件数も回数も機械が数えてくれるなら、2種類のグラフが自動的に描けるためとても便利です。技術的には可能だと思っていますし、ニーズも意義もあると思います。

 

語彙の使用頻度が数百年単位で視覚化されるのは感動的

 

Galeのデータベースでは最近、語彙の定量的研究のための機能を搭載し始めています。ECCOやMOMWなど歴史資料のデータベースを横断検索できる Gale  Primary Sources というプラットフォームでは、単語やフレーズの出現頻度を時系列にグラフ化する ”Term Frequency” という機能が搭載されています。まだ原始的レベルに止まっていますが、お使いになってどのような感想をお持ちになりましたか。

福田様私がMOMWを使って語彙の定量的研究に着手した2012年にはなかったプラットフォームです。数百年単位で語彙の使用頻度がグラフによって視覚化されるのは感動的です。ただし先ほどと同じく、数えているのは資料点数で、単語の登場回数ではありません。ここにもニーズがあると思います。 グラフにカーソルを当てるとヒットした資料の一覧画面に行けますが、その一覧で確認できる画像は、ヒットした単語の周囲を任意の範囲で切り取ったものです。その範囲で用法が判断できるかどうか、判断してよいかどうか迷うので、きちんと調査しようと思えばやはりPDFファイルを開くことになります。

 

今おっしゃったのは、各々の検索 結果の書誌情報の下にある ”Keywords in Context” のことですね。最初に出 現する検索語の前後の文脈をスニペッ トとして切り取って別ウィンドウで表 示する機能ですが、これは検索結果を ダウンロードして開く手間を省いて、どんな文脈で検索語が使われているかが分かるようにするために付与されたものです。

福田様もちろん便利だとは思いますが、切り取り方に疑念が残るというか、本当にこの範囲でよいかどうかやや不安です。私が文脈を判断するときは、前後1ページずつほど見るようにしています。

 

なるほど。論文の中で、同じ「商業的アート」という語彙でもファーガスンと他の人々では意味が異なるということを、前後の文脈に使用されている語を調べながら分析していらっしゃいます。同じ語彙でも意味が異なることを機械(データベース)が判断することはできません。でも、前後の文脈にどんな語彙が使われているかということは機械的に視覚化して表示することはできるはずです。このような機能があれば便利だと思われますか。

福田様私は、「文脈を判断するのは人間だろう」と思っています。周囲の語彙を拾うことで機械にもある程度できる作業かもしれませんが、「文脈をどう判断するか」は研究者の能力に含まれていると考えています。検索語の周囲にどういう語彙が使われているか機械が示してくれれば参考になりますが、どういう判断基準でその語彙が選ばれているのか分からなければ、信頼することができません。私はそのコンピュータの判断基準にまだ懐疑的で、結局は自分の目で確かめないと納得がいきません。

 

おっしゃる通りですね。その他、ECCO, MOMWなどGaleのデータベースをお使いになって見て、機能で改善すべき点があればご指摘ください。

福田様私のパソコンの問題もあるかもしれませんが、たまに反応が遅れることがあります。手でページをめくるのと同じ速度で反応してくれるのが理想的です。印刷の際に必要な手順も減らせそうな気がしています。 いちばん望む改善点は、OCRの精度向上です。図書の電子化で嫌なことのひとつは、PDFのページ数と実際の図書のページ数がずれることです。本文の始まる前に、標題紙や目次、序文があるためです。MOMW, ECCOとも、実際の図書のページ数でも移動できる仕組みを取っており、この不便は解消されているはずですが、資料によってはページ数で移動できない場合もありました。これはおそらくページ部分のOCRがうまく働いていないためだと思います。 また、検索結果にも影響がありました。MOMWによる調査の後でECCOを使って同様の検索をかけたのですが、同じ本を収録しているのに片方ではヒットするがもう片方ではヒットしないというケースがいくつかありました。この場合は調査結果を修正しなければなりません。確認してみると、印刷の不鮮明な場合に起きているようです。あるいは初版でヒットしたのに第2版ではヒットしない、テキストが書き換えられたのだろうかと確認すると、初版と同じテキストなのに反応していなかったりする。ある程度のエラーは許容範囲ですが、全幅の信頼を置くわけにはいかないと教えられました。現代のPDFファイルと違い、原本にノイズ要因があることを改めて痛感した次第です。やはり18世紀の資料には違いないのです。

 

数百年もの単位で「言葉の時間旅行」が体験できる全文検索データベース

 

OCRの読み取りについては、やはり100%というわけにはいきません。おっしゃる通り、原本に起因するノイズ要因に左右されます。私どもはOCR読み取りの不備はあいまい検索(Fuzzy Search)で補うようご推奨しています。データベースが研究や研究者に与えるメリット、影響についてお尋ねします。先生の論文でも、閲覧は貸借・複写依頼など代替手段があるのに対して、検索は他の方法では代替できないとご指摘されていますが、全文検索データベースはこれまでできなかったことを可能にしてくれるという意味で計り知れない可能性を秘めていると思います。先生も論文の中で「悉皆調査という新しい可能性」という言い方をされています。全文検索データベースに秘められた可能性については、どのようなことをお考えですか。

福田様思いがけない資料が見つかる、数百年もの単位で「言葉の時間旅行」ができる面白さがあると思います。これは人力では無理ですし、コンピュータの得意分野です。資料をじっくり読み込んできた古くからの研究者はこうした成果を研究と見なさない、軽率だというかもしれませんが、私たちはコンピュータを使ってデータを取ってきても、解釈は任せません。用法を判断する際にはやはり、資料を読んでいるのです。データ処理でコンピュータに頼っても、人間が自分の頭を使って判断する部分は必ず残り、その解釈をめぐって議論は進展するのだと思います。ひとりの人間が可能な読書量・記憶量にだけ固執する必要はないと思います。

 

どこまでをデータベースに委ね、どこからが人間の仕事であるかを弁えた上であれば、データベースの効用は計り知れない、ということですね。

福田様歴史学は「記憶の学問」であるため、どれだけ読んだか、どれだけ覚えているかが非常に重要です。しかしそれだけが研究者の資質だとは思いません。記憶量・記憶力に関して飛び抜けた資質のない場合は、コンピュータを外部記憶装置として用い、能力を補うこともできると思います。

 

データベースの導入でデータ検証の可能性が開かれたが、その可能性について早急すぎてはいけない

 

今おっしゃったことに関連して、ある研究者の方が、フルテキスト・データベースが研究に与える意味について「電子化される以前に、学界の重鎮と言われる研究者が資料に関する膨大な知識と天才的な勘によって打ち建てた学説を、フルテキスト・データベースを使うことによって、それが本当に正しいのか実証的に再検証する道が拓かれる。」と言われたことがあります。とても重要な指摘ではないかと思います。データベースの導入のメリットとして、時間や労力の節約というコスト面が指摘されることが多いですが、過去の研究を再検証する機会を与えてくれるというメリットは、学問の発展という意味で、もっと強調されてもよいと思いますが、これについてはどうお考えですか。

福田様コンピュータが得意なこと・できないこと、人間が得意なこと・できないことは異なっています。そこに分業、共同作業を築くのが合理的だと思います。テキストはどんどんコンピュータで扱える形にデータ化されています。単純で膨大・正確な作業はコンピュータのほうが得意なので、これは任せてもいいと思います。 ただし学説の再検証とフルテキスト・データベースの関係については、少し慎重さが必要だと考えています。ある学説の根拠としているデータに誤りがあったという発見は、今後十分起こりうると思います。その誤りを見極めたうえで、学説そのものを無効とするのか、条件付きで有効とするのか、これもまた研究者次第だと思っています。データ検証の可能性がコンピュータ技術の発展によって広く開かれたことは歓迎すべき事柄です。ただし過去の研究のデータ上の誤りをどう扱うのか、早急すぎてはいけないと思っています。

 

研究スタイルが特段新しくなったわけではない

 

先生が今回の論文で行なった語彙の定量的分析は、文献をじっくり読むという伝統的な思想史の研究スタイルとは大きく異なります。また、ECCOは今では語彙の初出例を調べるためにOEDの編集部でも活用されています。このように、データベースの登場は研究のスタイルを変え、また異分野の研究者が共同で研究する機会を提供するのではないでしょうか。データベースの登場が歴史研究をどう変える可能性があるのか、どのようにお考えですか。

福田様確かに今回の調査でヒットした文献は、用法を確認するためにいわば拾い読みをした程度です。しかし核となるファーガスンの本は通読していますし、今回の検索結果を受け、腰を落ち着けて読むべき本の当たりも付けました。読書の仕方にメリハリを付けているという意味では、特段新しいことだとは思っていません。しかしそのメリハリの幅は、以前より大きいといえます。 数百年かけて築いてきた人間の英知を輪切りにしたり串刺しにしたりと、蓄積された知を膨大なデータとして好きに料理できることは、デジタル技術の恩恵によっています。「言葉の時間旅行」という感覚もしています。これは人力ではとうてい無理な到達点です。しかしこれは研究のきっかけに過ぎず、結論を出すのはやはり研究者自身であり、この部分はコンピュータに譲っていないこと、コンピュータも誤りうること、の2点は強調したいと思います。OCRの精度は万全ではありません。

 

書籍と草稿では、執筆目的も想定読者も語り口も異なる

 

ECCOやMOMWに収録されているのは書籍です。歴史資料には書籍以外にも、新聞、雑誌、手稿などがあります。先生はご研究の中で、書籍とそれ以外の資料とをどのように使い分けていらっしゃいますか。

福田様書籍とそれ以外の資料に優劣はありません。それぞれ執筆目的・想定読者が異なっており、これを心得たうえで解釈することになるのだと思います。解釈にあたり補完関係の築かれることもあると思います。 たとえばファーガスンには出版物である道徳哲学の教科書とその講義草稿があり、私は両方読んでいます。講義草稿は読み上げ原稿として話口調で書かれており、冗漫な箇所・逸脱した箇所もあります。教科書ではそうした部分が削ぎ落とされ、論理的なひとつの学問体系として書かれています。両者を比較して、出版物にはない議論が草稿で展開されていたりすると嬉しいです。草稿では過激なことを書いていても、出版物ではそれをおくびにも出さないというのはままあることで、そうした発見は嬉しいものです。

 

人物の思想を紐解くには書籍だけでなく、草稿まで参照することが必要

 

書籍、新聞、雑誌、手稿に優劣はないとお考えなのですね。

福田様正確には、「優劣はないと考えたい」かもしれません。自戒の意味もあります。やはりどうしても最初に研究対象となるのは書籍です。しかし出版された本だけを読んで、その人物の思想が分かったと考えることはできません。書籍は公的な姿として、形を整えて出されたものです。草稿はそこにたどり着くまでの試行錯誤、公にしない前提で書かれたものです。完成度という点では書籍のほうが上かもしれませんが、その人物の思想を紐解くのであれば、むしろ草稿のほうが役立つ場合もあります。「よそ行き」ばかりを見ていては分からないこともあります。

 

図書館では書籍、新聞、雑誌、手稿はそれぞれ別の場所に置かれています。利用する人は予めどれを利用するか決めた上で利用します。それに対して、今後データベース上で書籍も新聞も雑誌も手稿も一度に横断検索できるようになると-これは、Gale Primary Sources がやろうとしていることですが-、検索してみたら新聞だった、雑誌だったということになると思います。このような違いは研究に何らかの影響を与えるのでしょうか。

福田様ディスカバリー・サービスがまさにそれです。図書館ガイダンスで学生に検索方法を教える際、彼らがいちばん躓いているのは、図書と論文の検索方法は異なり、別のデータベースを使わなければならない点です。おそらくGoogle式の検索に慣れているためです。「もしかして検索」が通用しないことも、彼らの躓きを誘発しています。ディスカバリー・サービスはそうした不便を解消してくれます。 キーワードに合致するものなら図書でも雑誌でも構わない、という思考は研究者にもあります。後でソートがかけられますから、いちどに調べられるのは便利だと思います。ただしこうしたデータベースが何を統合しているのかを理解せずに全幅の信頼を置くと、場合によっては検索漏れが生じうることにも気をつけなければなりません。ノイズは多いが簡単にできる検索より、昔ながらのこつがいる、ノイズの少ない検索を好む研究者もいると思います。一体どこを検索しているのか意識的でありたい、という心理もあります。

 

歴史は人間の営みの歴史的文脈を明らかにする学問

 

Gale Primary Sources では、Google 式検索に慣れた利用者を想定して、「もしかして検索」をお使いいただくことができます。学生の方々にもお使いいただきたいと思います。ところで、国単位で見た場合、人文社会系と理工医学系を比較すると、言うまでもなく、資料・データベースに費やされる予算規模は大きく異なります。日本が科学技術立国を掲げる限りやむを得ない面もありますが、それでも人文社会系(歴史系)の研究環境を整備することは、知識基盤の充実という意味でも軽視されてよいはずはありません。もし、予算配分に責任ある方々に歴史系のデータベースの充実がなぜ必要なのかを訴える機会があるとすれば、思想史(歴史)の研究者として、どのようなことを訴えられますか。

福田様率直にいえば、「直接お金にならないとしても人文・社会科学を軽視しないでください」でしょうか。人々は普段、政治・経済・国際関係のニュースに関心を払い、本を読んだり映画を見たり、美術を見たり音楽を聴いたりしています。人文・社会科学は、人間の生そのものに関する学問で、その研究が持つ意義は疑う余地もないと考えています。 歴史・思想史に関していうと、人間の営みにはすべて歴史的文脈があって、その到達点として現在があります。全員でその文脈を明らかにする必要はありませんが、非常に重要な作業だと思います。やや極端な例でいうと、歴史解釈を好きに歪めて政治利用するとか、そういう悪用を許さないためにも、研究者はできる限り公正な立場で歴史記述を心掛け、議論を重ねるのです。 理工医学系と人文社会系では、必要な予算規模は桁数から異なります。人文・社会科学に、億単位の実験器具は要りません。それにしても、資料である「紙」を維持するにはスペースも同時に必要ですし、紙は電子へと変換され、これを購入・維持するには大変な費用が要ります。電子ジャーナルのタイトル維持はどの大学でも非常に頭の痛い問題で、しかしこれを切ってしまうと研究がまったくできないという研究者が出てきます。大変深刻な問題です。 フルテキスト・データベースについていうと、MOMWやECCOが出て、原資料を持っている外国との差は縮まったかもしれません。私たちも彼らと同じように、パソコンから大量の資料にアクセスすることができます。しかし皮肉なことに、国内での格差が新たに生まれています。以前なら、外国に行かないと原資料を読めないのはどの研究者も同じで、ある意味公平でした。有職の研究者なら、飛行機代と滞在費用の個人負担はおそらく可能です。しかしデータベースのあるなしは、個人で扱える範囲ではありません。しかも検索機能は、文献複写や現物貸借と異なり、他機関に頼ることはできません。必要なデータベースを所属機関が持っていなければ、検索は諦めなければならないのです。こうした電子媒体に関する新たな格差を、重く受け止めて欲しいと思います。電子ジャーナルあるいはデータベースの問題とも、資金の豊富な機関に所属すれば問題はありませんが、全員がそこに行けるわけではありません。

 

データベース導入の効果を見る機会は案外少ない

 

それでは、次に鈴木様にお尋ねします。一橋大学図書館様では先年MOMWを、今年ECCOを導入されました。導入後、利用された方からのフィードバックがありましたら、教えてください。以前に勤務されていた図書館の事例でも構いません。

鈴木様MOMW, ECCOの導入以降、直接フィードバックはありません。ただ、ECCOについては導入前に導入希望が多かったということは聞いています。これはすべての分野について言えますが、トライアルに対しては先生方から要望が多く寄せられますが、導入されてしまうと、それで満足されてしまうのか(笑)、特に図書館へのフィードバックはありません。ただし、データベースの購読を止めるという噂が立つと、突然(笑)いろいろな方からメールを頂くことはあります。ですから、福田さんのように論文の形で成果が出てくると一番いいのですが、データベース導入の効果を見る機会は案外少ないです。

 

フィードバックがないというのは満足されているということでしょうか。

鈴木様そうだと思います。

 

定評ある雑誌、絶対に外せないレファレンスブックから電子版を揃えていきたい

 

データベースに限定して(電子ジャーナルは除きます。eBookは含めます)お尋ねします。データベースの導入を決定する場合、判断基準としては利用者の要望が一番大きいと思いますが、それ以外に図書館として、充実させたいと思っている資料(書籍、雑誌、新聞など)や主題でプライオリティはお持ちですか。

鈴木様恒久的アクセスが保証される電子ジャーナルのバックファイルは基礎的な一次資料ということで優先順位が高いです。現在、どの大学でも所蔵しきれないほど製本雑誌が蓄積されているため、電子的に恒久的アクセスが保証されれば、製本雑誌については一カ所に置いておけばよいという Shared Print の考え方が出てきています。利用者の要望はもちろんですが、雑誌であれば定評ある雑誌、データベースであれば、絶対に外せないレファレンスブックから電子版を揃えていきたいと思っています。

 

歴史資料、たとえば19世紀や18世紀の資料を充実させる場合、書籍もあれば雑誌もあれば新聞もあります。その中でのプライオリティはお持ちですか。

鈴木様歴史資料であれば、資料の重要性という点から判断すれば紙媒体かもしれないですね。ただ、今後は、ECCOやMOMWのように電子形態でまとまって入手できるものを導入できれば、一番良いと思っています。

 

導入前のトライアルについては、導入を決める際どのように位置づけていらっしゃいますか。

鈴木様トライアルに対する考え方は大学によって異なります。予算的裏付けがない限り、トライアルを行なわないという方針を掲げている大学もありますが、一橋大学の場合は、使ってみてもらわなければ反応も分からないので、トライアルは重要だと考えています。反復的に行なえばユーザーも増えてゆくので、トライアルは積極的に行なっています。

 

先生方と連携して、専門的データベースの講習会を実施したい

 

データベースは導入後の利用促進が大切だと思いますが、利用促進のために図書館としてどんなことをやっていらっしゃいますか。

鈴木様利用促進を図る手段としてはポスターや利用マニュアルがありますが、これもデータベース提供元に協力いただく事が多いです。一橋大でも今年から幾つかのデータベースでベンダーの方に講師を務めていただいています。図書館としては先生方と授業でコラボレーションができれば一番よいと考えています。ですから、ベンダーの方が先生方のところに営業に行かれた時に、そういう話もしていただければ図書館としては有難いです。図書館が独自にやる利用講習会では、一般的に使われる論文データベースとか学生が使うデータベースが優先されてしまうため、ECCOやMOMWのような専門的なデータベースについてはやっていないというのが現状ですが、先生方と連携できるのなら専門的データベースの講習会もやっていきたいと考えています。

 

学生用資料としての電子資料としては、どんな電子資料を考えていらっしゃいますか。

鈴木様日本語の電子書籍で利用できるものが少ないですね。日本の出版社は古い版を出すなど、様子見のようでまだまだという感じです。一橋大の場合、できるだけ多くの書籍を提供できるように複本は置かないという方針でやっています。ですから、教科書やそれに類したものを多くの人に同時に使ってもらうために電子書籍を導入したいと思っています。ただ、日本の出版社の場合、同時アクセス数が制限されているケースが多く残念です。無制限アクセスができれば、もっと電子書籍を導入できると思います。

 

海外の大学の教科書の電子書籍を導入するのも一案

 

学生用の外国語の電子資料についてはどうですか。

鈴木様これは前に勤務していた大学図書館の事例ですが、欧米の大学出版局が刊行している教科書やそれに類した書籍を半年ほどトライアルして、利用状況を見てみるということをやっていました。大学がグローバル化する状況の中で、外国語の教科書についていけないようでは留学しても困ると思います。ですから、海外の学部学生が読んでいる教科書を積極的に導入してゆくことも考えなければならないですね。

 

学生向けに電子資料のガイダンスをやっているとのお話でしたが、外国語の資料では何かやっていらっしゃいますか。

鈴木様学部学生ですと、日本語のものが中心になりますが外国語資料でも汎用性の高いものであれば(たとえば、海外の統計情報や法律情報や新聞を収録したデータベースなど)、大学院生、学部生向けにもガイダンスを行なっています。ただ、先ほど言いました通り、グローバル化の中で、学部学生は日本語でという考え方ではなく、外国語のデータベースも学部学生にどんどん紹介した方がよいと思います。

 

大学院生以上であれば、ECCOやMOMWのコアのユーザー

 

ECCOやMOMWは大学院生ならお使いになると思いますが、福田様、いかがでしょうか。

鈴木様学部生には難しいと思いますが、大学院生以上であればコアのユーザーになると思います。

 

大学院生向けのガイダンスがあれば、有効ということになりますね。

鈴木様そうですね。ガイダンスのポスターを通じて、データベースの存在を知るということもありますから。出席できなくても、後で資料だけ下さいという方もいます。

 

ECCOやMOMWのようなデータベースは知識基盤として必要

 

福田様へのご質問と同じですが、予算配分に責任ある方々に人文社会系のデータベースの充実がなぜ必要なのかを訴える機会があるとすれば、どのようなことを訴えられますか。

鈴木様自然科学系のようにすぐ技術的な応用につながるものではありませんが、ECCOやMOMWのようなデータベースが知識基盤として必要です。横浜国立大学で国際功利主義学会が開催された後、一橋大でもワークショップが開かれ、予想を超える参加者がありました。人文社会科学における電子資料の研究への応用に対する関心が芽生えてきているのではないでしょうか。データベースはデジタル・ヒューマニティーズという新しい手法で人文社会科学の研究を進めるための不可欠のツールであり、日本の知識基盤であるというムーブメントが起こるといいと思います。それから、国立情報学研究所やJUSTICEと連携して、価格や利用条件などにおいて、電子資料を整備しやすい環境を作っていくことも大切だと思います。

 

どの資料をどの形態でもつのか、図書館として考え直す時期に来ている

 

電子資料の時代、最も重要な図書館の役割は何だとお考えですか。

鈴木様今日のご質問にあったような、学生用の電子資料の整備や将来の知識基盤のための電子資料という問題について、研究者の方々や学生の生の声を聞いてゆかなければならないと思っています。研究形態が変わってきている今、研究支援や学習支援を行なう図書館は支援の仕方を常に考えておかなければなりません。電子で利用可能な環境を整え、一方で古典籍など紙媒体に価値のあるものはきちんと保存するというように、どの資料をどの形態でもつのか、予算やスペースの制約条件も考慮に入れながら、考え直す時期に来ていると思います。今、図書館はラーニングコモンズを作るなど、図書館という空間自体が変わりつつあります。最適な図書館の空間と最適な研究支援基盤を、利用者の方々の意見を取り入れながら作っていくことが課題ですね。

 

(2014年9月1日、一橋大学附属図書館にて)

ゲストのプロフィール

福田名津子 (ふくだ・なつこ)

最終学歴:

名古屋大学大学院経済学研究科博士課程修了

主な研究業績:

  • 「アダム・ファーガスンの道徳哲学の方法と、スコットランド哲学の伝統」『イギリス哲学研究』第26号、39-52頁、2003年3月。
  • 「アダム・ファーガスンの文明社会のヴィジョン:仁愛と進歩の原理を中心に」(学位論文〔博士(経済学)〕名古屋大学)、1-122頁、2005年3月。
  • 「アダム・ファーガスンのスミス『国富論』受容:自筆講義草稿を中心に」『経済科学』第53巻第2号、67-79頁、2005年9月。
  • 「名古屋大学附属図書館所蔵のジュネーヴ版『百科全書』の鑑定について」『名古屋大学附属図書館研究年報』第4号、45-52頁、2006年3月。
  • 「人文・社会科学の国際化と言語の問題」『一橋大学附属図書館研究開発室年報』第1号、43-60頁、2013年3月。
  • 「アダム・ファーガスンの商業的アート概念:The Making of the Modern World を用いて」『一橋大学附属図書館研究開発室年報』第2号、19-37頁、2014年4月。
  • 共著「平成24年度一橋大学附属図書館英国出張報告:機関リポジトリ・オープンアクセス・学修支援」『一橋大学附属図書館研究開発室年報』第2号、88-105頁、2014年4月。

現在:松山大学人文学部 准教授

 

鈴木宏子 (すずき・ひろこ)

■主な論文

  • 「北海道大学の学習支援 (特集 大学図書館の学習支援)」大学の図書館 31(11), 188-190, 2012-11
  • 「構築5年、運用2年目の機関リポジトリ : 千葉大学CURATORの今(<小特集>オープンアクセス)」大学図書館研究 79, 9-17, 2007-03
  • 「利用者から 千葉大学におけるScienceDirectの利用 (ミニシリーズ:ポータルサイト)」薬学図書館 48(2), 139-143, 2003
  • 「アメリカの大学図書館のライブラリアンたち (小特集 現代大学図書館員事情)」北の文庫 (33), 1-7, 2002-06
  • 「千葉大学附属図書館:―機械化から電子化へ―」情報管理 45(2), 131, 2002
  • 「アメリカの大学図書館における情報リテラシー教育と利用者支援」大学図書館研究 (62), 37-47, 2001-08
  • 共著「千葉大学におけるポッドキャストによる教育研究成果の発信 : 教員連携の実践例として (<小特集> 図書館のサービスを知ってもらうために : 効果的な広報とは)」大学図書館研究 85, 23-33, 2009-03
  • 共著「「ポッドキャスト@千葉大図書館」の構築 : ポッドキャストによる図書館セルフガイドの作成」情報の科学と技術 59(1), 34-40, 2009-01-01
  • 共著「ILLサービスにおける機関リポジトリとオープンアクセスのインパクト:千葉大学の経験から(特集:動き始めた機関リポジトリ)」専門図書館 (228), 1-6, 2008
  • 共著「図書館による学習支援と教員との連携 : 千葉大学におけるパスファインダー作成の実践から (<小特集>大学図書館の学習支援機能)」大学図書館研究 83, 19-24, 2008-08

■現在:

千葉大学附属図書館、東京大学附属図書館、北海道大学附属図書館を経て一橋大学附属図書館在職